001

Al.
父はアメリカ人だった。
私はロンドンで育った。
五歳でサンディエゴへ移り、
十三歳でまたロンドンへ戻った。
ロンドンは息が詰まる。
母が家に帰ってくるのは、いつも遅い時間だった。
夏休みの間だけ、父のいるサンディエゴに行くのを許してくれた。
ロンドンからのサンディエゴは眩しかった。
夏の間はサンディエゴで父と二人。
といっても、ギタリストの父は家にいないことが多い。
夏休みともなると、誰だかのバンドと一緒にツアーに出る。
一緒に連れて行ってもらえることもあれば、ベス叔母さんと留守番することもあった。
父がいない日は、だいたいガレージで過ごした。
ガレージにはギターだけじゃなく、ベースやドラムまで置いてある。
小さい頃にサンディエゴに来てからずっとギターを触ってる。
父はギタリストだけど、ちゃんと弾き方を教えてくれたことはない。
耳で聴いて、触ってみて覚えろ。
そんな感じだった。
父がいるときは、朝から一緒にサーフィン。
父の愛車、マーキュリーのコメットの幌を全開にし、車内にボードを積んで海まで行く。
1時間から2時間くらい海で過ごして、帰って父が朝食を作る。
昼を過ぎると、父の仕事仲間がやって来て、ガレージやプールサイドで過ごす。
いつも来るおじさんと、たまに来るおじさん。
いい声してると歌声を褒めてくれたクリスは、たぶん一番若かった。
ドラムを教えてくれたマットもクリスと同じくらい若かった。
他はみんな父と同じくらいか、ちょっと年下くらい。
14歳の夏。
この夏は父が家にいることが多かった。
午後から父の友人たちが仕事をしに来るので、私はスケートパークで過ごした。
デルマーの大通りを、颯爽とスケボーに乗って滑り降りる。
でも途中まで。
しばらく進むと、とんでもない傾斜になるので、信号からは回り道して緩やかな下りを選んで行く。
夏の午後のスケートパークは暑い。
サンディエゴの太陽と、コンクリートの照り返し。
流行りもあって10代から30代くらいの人まで集まる。
ワックスの匂い。
擦れたウィール音。
誰かが派手に転ぶ音。
デッキを抱えて、とりあえず眺める。
上手な子たちが真ん中を使って滑って、ヘタな子は端っこ。
サイドには女の子たちが座ってる。
女なのにデッキを持って一人でいるせいなのか、すごく見られる。
その中で、全然こっちを見ない子。
同年代くらい、ヘッドホンして、一人で滑ってる。
けっこう上手なのに端っこ。
うつむき気味。
誰とも群れない子。
休憩もひとりで端っこ。
次の日も、その次の日も一人。
毎日バンドTシャツ。
昨日はニルヴァーナ、その前はダイナソーJr.、今日は「Drive Like Jehu」って書いてある。
手書き風のデザイン、なんか好き。バンド?
帰りにレコードショップに行ってみた。
「Drive Like Jehu……あった」
試聴してみる。ギターの爆音と、なんか難しいリズム。
あのデザインからは想像できない音だった。
あのTシャツもほしいかも。
次の日は、用事があるとかで、父にスケートパークへ送ってもらった。
車を降り、コメットの後部座席からデッキを取る。
「迎えはいいよ。一人で帰れる」
珍しいピカピカの真っ黒なクラシックカーのせいで注目されてるのがわかる。
赤い内装が余計に目立つ。
「気をつけて帰れよ」
クラクションを一つ鳴らして父は車を出した。
いつもと一緒、いつものスケートパークの中へ向かうと、突然声を掛けられた。
「今のジェフ・ナッシュだよね!」
「あ……」つい声が漏れた。
あの子だ、いつも一人の子。
「え?今のジェフ・ナッシュでしょ?」
「……そうだよ」
いつもと違う。
なんか興奮してる。
「父さんのこと知ってるの?」
「知ってるよ!サンディエゴにいるってのは聞いたことあったけど……
君……ジェフ・ナッシュの?すげぇ」
ジェフ・ナッシュ三連発、やけに興奮してる。
「君変わってるね、同年代の子で父さんのこと知ってる人初めて会った」
「いろいろ聞いてるからね」突然自慢げな顔になった。
いつも寂しそうにしてるのに、こんな顔もするんだ。
私が気になるのは、今日のTシャツ。
「今日もニルヴァーナか」また声が漏れた。
「え?」私の視線を追って、Tシャツに目をやる。
「ニルヴァーナ好きなの?」
そんな話をしながらパーク内の日陰へ移動する。
「なんか、こっち見られてない?」
「気のせいだよ。……君、いつも一人だね」
「そうだね、友達いないから」意外なほどにサラッと言う。
「私もこっちには友達いないんだよね。
あー、ロンドンにもそんな友達はいないか」
「やっぱりイギリスなんだ」
「やっぱりわかる?つい出ちゃうんだよね、訛り」
「引っ越してきたの?」
「いや、夏の間だけ。父さんと二人」
「僕セス、君の名前は?」
「アレクシス」
それからは日陰の時間も楽しかった。
最初の印象と違って、セスはよくしゃべった。
ドライヴ・ライク・ジフのCDを聴いた話もした。
「まじで?どうだった?」
「爆音ギターと、変拍子っていうのかな……ちょっと難しかった」
「アレクシスってどんな音楽聴いてるの?ジェフ・ナッシュ系?」
「全然。お父さんたちの音楽は嫌いじゃないけど、ずっとは聴かない。
いろいろ聞くよ。あ、ドライヴ・ライク・ジフ持ってるなら貸してよ」
「いや、持ってない。Tシャツだけ」
「じゃあ今何聴いてるの?それ、聴かせてよ」
セスは知ってることを、なんでも教えてくれる。
「ほら、このギター。普通ならここで終わるじゃん?でも、終わらないんだよ」
私にはよくわかんないけど、楽しそう。
すごく一生懸命に説明してくれる。
「今度うち来る?」
父さんのこと知ってるみたいだし、セスはガレージ気に入るかも。
「いいの!?行く!CD持っていくよ」
一緒にいると、ロンドンのこととか、忘れられた。
その日は、いつもより少しだけ帰るのが遅くなった。
夏の夕暮れは、まだ明るかった。